2013年7月12日金曜日

シアトルで深夜に大学生とお話したこと

昨日は夜10時半すぎから、大学生とお話しました。

前日の僕が話した事を聞いて、
「まだシアトルにいるなら会いたい」と直接コンタクトしてきました。
そこで、こうゆうのは早いほうがいいので、
「夜なら今から大丈夫」と返信。
少しづつ時間も遅くなり、夜も夜で10時半から会っていたというわけです。

話した事は、4カ国約16000KMの旅の話ではありません。
それよりもっとコアな話。
僕が確信しつつあること、信じている事、などを、
就活の話などをしながらお話しました。

で、終わったのが12時40分ぐらい。
約2時間しゃべっていたということです。
深夜に。
シアトルで。

嬉しかったですね。
そんな風に言ってくれること。
自分も学生の頃そうだったかも って思い出しました。
ちなみに今でもほとんど変わりません。
学生と社会人 から 修行中の者が人生の先輩に会いにいく。
一緒ですね。
あっ、今の僕は社会人ではありませんね(笑)

で、学生の頃、自分がどうだったかというと、
会ってくれた人、会ってくれなかった人、20対80ぐらいでした
会ってくれた人には、感謝しています。
10年も前の話ですが、今でも顔もはっきり覚えている。

学生の頃、自分の嬉しかった経験があるので、
僕にできることだったら、何でも話そうと思っていました。
今見てきていること、この10年で経験したこと、もいろいろあります。
で、2時間近くになってしまった。。。。というわけです。

でも基本的にウェルカムです。
昨晩会っていた大学生は、僕はちょっと応援したくなるタイプでした。
僕から見てですよ。

(で、ここからはそのエピソードではなくて、少し付け加えるかたちで思っていること)
学生の頃を、あたまでかっちになりがちです。
暇だからいろんな事を考えてしまう。
僕もそうでした。僕は今でも結構そうかも(笑)
でもそれは、それでいいこと。
それは多感な時期でもある証。
情熱もあるし、素晴らしいセンスで、ポテンシャルの塊だと、僕は思います。

でもやらないといけない事が目の前にどんどん出てくると、そうではなくなります。
いつしか自分が思っていた事、感じていた事を忘れてしまい、情熱も弱くなる。
THE社会人になっていく。
「普通」や「世間」の中に入っていく。
それもそれでいい。

でも、もし、何か特別な人生を送りたいと思っているなら、それでは厳しいかもしれないと、今の僕は思っています。
なぜなら「普通」や「世間」の中にいると、現実に流されます。
でも“特別“な人は、現実を作ります。

現実を作る、作らない の違いは、
誰も知らない未来を信じ、“今の行動“をとることができる人と、そうでない人 
の違いだと思っています、僕は。

* 本人へ
これを読んでいると思うけど、コメントとかメッセージとかしなくていいからね。
ばれちゃうし。気にしないで~。

2013年7月11日木曜日

謝謝台湾財団構想  今回は「財団は前から将来の夢として持っていた。」

謝謝台湾財団構想 
今回は「財団は前から将来の夢として持ってきた。」
について書きます。

財団という発想は、前から持っていました。
今からみると、5年前くらいからかな。

実際2011年カナダを横断した際、9月ビクトリアのCityHallで、みなさんの前で 「将来の夢は財団を作ること とも申し上げました。

僕には、手に職がありません。
何かを開発できるようなスキルはない。
新しいサービスを作れるスキルもない。
包丁さばきがうまく、おいしい料理で楽しませられるスキルもない
ドクターとして、患者を救えるスキルもない。
おいしい野菜が作れるわけでもない。

じゃあどうやって、人に喜んでもらえるのか?
どうやって社会に貢献していくのか?

そこで考えていたのが、「お金に意志を持たせ、使っていくこと」

僕が関心のある分野は、
まず環境、教育です。

自分が人に貢献して得られた経済的価値のお金に
意志を持たせた使い方をしていく。
それなら僕にでもできそう。

その規模が大きくなっていくと、財団になる。

そう考えていました。

もちろん、はじめはなーんとなくだった財団。
ビクトリアで話したときも、なーとなくです。

それがこの1年少々、ぐぐっと具体的なイメージができるようになりました。
ロードマップが思い浮かべられる。
もわ~としていたものから、具体的なステップが見えてきている。

やってみたいですね!
ゼロから初めて、財団まで行ったら、すごいと思う。
そのストーリー自体で、目指しているものや夢を持つ人に、希望やエネルギーが届けられるはず。
そしたら少しは日本のためにもなるでしょ。

次回は、「どうやって、対象となる学生たちを選んでいくのか。みんなが納得いく選び方」について